20年後のエースさま

 ビー、と大きなブザーがテレビから鳴り響く。知らずに詰めていた息をほうっと吐き出し、高尾はソファにぼふんともたれかかった。第二クォーターが終わってハーフタイム。ひさしぶりにテレビで見るウインターカップはなかなかに熱い展開を見せていた。
「どーよ真ちゃん。このまま逃げ切りそうじゃね?」
「そうだな。だが、相手はまだ何か……全力を出していないような感じがするのだよ」
「だよなあ。なーんか様子見してる感じ。後半何仕掛けてくるんだろな」
 返事はない。隣に座った恋人は、誰もいないコートが映し出された画面を真剣に見つめている。かわいい、と頬にキスでもしてやりたくなったけれど我慢した。考えごとをしている緑間の横顔を、高尾はそれはそれは愛している。
 二十年前のちょうどこの時期も、緑間の隣で試合を見ていた。ウインターカップの会場、東京体育館で、緑間や先輩たちと誠凛と桐皇の一戦を見た。今でもなお語り継がれ、ほとんど伝説と化している試合だ。眼前でくりひろげられる熾烈な戦いを、固唾を飲んで見守っていたのは遠い昔のような気もするし、ついこのあいだだったような気もする。緑間はちょうど態度が軟化し、チームメイトへの信頼を時折のぞかせるようになった頃合いだった。
「やはりポイントは八番だな。エースだと紹介されていたが、あまり目立った動きを見せていない。あのディフェンスの優れたチームに対して何か奇策を用いるつもりなのか……」
 最近シワがすこし現れはじめた目元に、高校生だった緑間の姿が一瞬重なって見えたような気がした。んふふと笑い声を漏らしてしまい、緑間が訝しげに高尾を見る。
 淡々と冷静に試合を分析しているようでいて、内心では自分がコートにいたらどう動くか考えているのだ、緑間は。もうバスケなんてたまにしかしないのに。もうあんなふうに戦うために研ぎ澄ました肉体は手放してしまったのに。そう言ったらきっと緑間は拗ねる。三十六歳にしてこの男は、口をへの字にしてわかりやすく拗ねるという技を身につけた。二十年前の高尾が見たらきっとうずくまって爆笑しただろう。
「何がおかしいのだよ」
 ひさしぶりに緑色の瞳の奥で静かに燃える闘志を見てうれしくなってしまった、とは言わずに緑色の髪をくしゃくしゃにする。若いころより細くなった気がする緑間の髪は、しっとりと手のひらになじみ、するりと指をすりぬけていく。この感触が高尾は好きだ。
「おい、和成」
「んー? んふふ、真ちゃんがバスケやりたそーだからさ。もうオレら五分も動いたらギブアップなのに」
「そんなことはないのだよ」
「あるのだよ。もう軽い筋トレと柔軟くらいしかしてねえじゃん。いくら秀徳のエース様っても、もう二十年前の話だし?」
「……十八年前、だ」
 年月を細かく修正してから、緑間は口をへの字にする。予想どおりの仕草に、今度こそ高尾は大声を出して笑った。

 

 


2022.3.25