高尾王子の手記

※人魚姫パロ(緑間が人魚、高尾が王子)
 

 

*流星祭
 今日は年に一度の流星祭! 前日からうきうきしてたら、船で星見をするのはどうだって言われてみんなで船に乗ってきた。いつもは部屋でひとりでのんびり見てるけどこういうのも楽しーわ。
 あと、人魚を見た。人魚なんて空想上の生き物だと思ってたけど、ホントにいるんだな。
 最初は人間だと思った。だって上半身しか見えてねーもんな。でも、人魚がオレの視線に気づいて海に逃げ込む瞬間、鱗が光るのが見えた。遠かったし暗かったから、顔とかまではわかんなかったけど、その鱗がすごく綺麗だったのははっきり見えた。綺麗な、宝石みたいな翠色だった。
 人魚も星を見るんだな。次に会えたら声かけてみてーな。
 
*流星祭の翌日
 死ぬかと思った。あんなでけー嵐が来ると思ってなかった。ぐらぐら船が揺れて、岩にぶつかって、沈んで。正直何がどうなったか覚えてねーけど、海に落ちた瞬間、あ、死ぬって思った。オレの国は年中寒いから、海で溺れたら窒息死するか体温を奪われて死ぬかのどっちかだ。王子がこんなとこで死ぬわけにはいかねーのに、遊びに行って遭難して死ぬとかダサすぎる。
 でも、結果としてオレは死ななかった。誰かが、溺れたオレを抱えて浜辺まで連れてってくれたからだ。
 苦しくてたまらないのがふっと楽になって、重たいまぶたをあけたら、目の前にすごく綺麗な翠色があった。昨日も見たような色だなって思ってたら、翠色の上で真珠が揺れてるのが見えた。ああ天使かって思った。オレが死んだから迎えに来たんだって。
 死にたくなんかなかったけど、あんな綺麗な天使に迎えに来てもらえんなら悪くねーなって考えたらなんかおかしくて、そんで気づいたらなんかキスされてた。天使の唇は冷たくて、でもキスされたらからだじゅうが熱くなって、変な感じだった。
 そのあと口に真珠を押し込まれたとこまでは覚えてんだけど、それ以降がわかんねー。たまたま浜辺に来てたっぽい女の子に助けてもらって、人呼んでもらって城まで運んでもらって、何日か寝込んで元気になった。
 元気になったオレは猛省しているところだ。一緒に船に乗ってた人の何人かは助からなかった。オレが死なせてしまったようなものだ。もう二度と、あんな迂闊な真似はしない。もっときちんと航海術とか学んでからにする。
 でも、あの天使のことがなんだか忘れられない。オレがまだ生きられそうだって思ったから天国に連れてくのをやめたんだろうか。つか、ほんとに天使だったのかな。人間だったらいいなって思ってるオレがいる。だって、もう一度会いたい。できればもっかい、キスがしたい。……なんて、オレ変だな?
 
*夏のある日
 あれから勉強の量を増やした。王子には必要ねー知識だって言われることもあるけど、そんなんわかんねーじゃん。
 前よりも忙しくなったけど、オレはどうもあの天使のことを忘れられずにいる。ときどきあの浜辺に行ってしまうのもそのせいだ。もしかしたら、会えるかもしれねーって期待を捨てられずにいる。
 今日もそんな感じで海に行ったら、行き倒れに遭遇した。はだかで倒れてて、苦しそうにしててさ。どこの誰かもわかんねーヤツを助けるのは危険だって頭の中で警報が鳴ったけど、オレの国に住む人なら見捨てるわけにはいかない。オレよりデカいからだをしたそいつをなんとか連れて帰って、看病してるところだ。目が覚めたらいろいろ聞かねーと。
 
*夏の晴天の日
 このまえ拾ったヤツは、どうやらしゃべれないらしい。おまけに歩けないらしい。からだのどこにも傷はないから、どうしたものかと医者が困ってる。
 ほかにも変な点がいっぱいあって、もしかしたら記憶喪失なのかもしれない。スプーンの使い方も知らないみたいだったし、字も書けねーみたいだし。貧しい平民なら字を知らなくても不思議はないけど、あいつはなんとなく高貴な雰囲気をただよわせてて、平民って感じが全然しない。ホント、不思議なヤツ。
 ……もしかしたら、どっかの国がよこした暗殺者かもしれないとは思う。無害そうな病人を装って潜り込むなんてよくある手だ。
 かといえ、まだ歩けないあいつを放り出すのも気が引ける。とりあえず様子見だな。名前がないと不便だから、真ちゃんって名づけた。すげえ変な顔されて、ちょっとおもしろかった。
 
*大雨の日
 あれからずっと観察してるけど、真ちゃんの素性はまだわからない。どこかとこっそり連絡をとったりしている様子もない。だけど、いっこだけわかったことがある。真ちゃんはおもしろい。
 あいかわらずしゃべらねーけど、考えてることがわかりやすい。みんなはいつも仏頂面だって言うし、確かに表情の変化は乏しいんだけど、なんつーの? 雰囲気? 発してるオーラみたいなもんがぱって変わるんだよな。おもしろくてしょうがない。
 
*夏が終わりかけたある日
 真ちゃんは自然が好きらしい。気がつくとバルコニーにいて、空とか木とか海を見てる。動物も好きみたいで、鳩とかが飛んでくるとめちゃくちゃ真剣に見てる。でも、もしかしたら目も悪いのかもしれないなって今日なんとなく思った。これについてはもうちょい観察することにする。
 真ちゃんはホントに不思議だ。やっぱりいろんなことを知らないけど、一度教えるとあっという間にモノにしちまう。たぶん、すげー頭がいいんだろうな。オレが話すことをひとつひとつ真剣に聞いてて、そこからいろんなことを覚えてるっぽい。おかげで真ちゃんにいろんな話をするのが楽しくて困る。
 あとたぶん、努力家。このまえ、歩く練習してんの見ちゃった。まだ痛むみたいで、歯を食いしばりながら一歩ずつゆっくり歩いてんだけど、その恰好がすげー綺麗なの。ぴしっとしてて、思わずちょっと見惚れた。
 
*秋の最初の日
 真ちゃんが歩けるようになった! よかった。まだ痛そうだけど、ゆっくりリハビリすればいいよな。
 やっぱり真ちゃんは目が悪いみたいなんで、メガネを取り寄せてた。黒いフレームはちょっとゴツすぎたかなって思ったけど、案外似合った。つか、すっげーよろこんでくれた! 目キラッキラさせてさ、まわり見渡してちょっとびっくりした表情してさ、そんでオレのことじっと見てんの。かわいかった。
 プレゼントをよろこんでもらえるってのはどんなときでもうれしいけど、なんか今回は特別にうれしい。胸の底がむずむずする。変な感じだけど、悪くない。楽しい。
 もっと真ちゃんのことよろこばせてーな。何が好きなんだろ。やべ、よく考えたら食べ物の好みも知らねーや。
 
*秋の嵐の日の翌日
 昨日の嵐が嘘みてーによく晴れた日で、星が綺麗だった。
 真ちゃんも星が好きらしいってのが今日の発見だ。オレも星好きだからなんかうれしい。
 星で思い出したから、真ちゃんに嵐に遭って遭難したときの話をしてしまった。余計なことまで話しちゃった気がするけど、真ちゃんは苦しそうな顔で聞いてくれた。優しいんだな、なんて思ったけどちょっと照れくさくて言えなかった。
 真ちゃんと一緒に星見に行ったりしてーな。あの嵐の日から星を見るのやめちゃったし、船はまだちょっと怖いけど、山とかならいいかも。そんなことを考えるだけでわくわくしてくる。真ちゃんもよろこんでくれっかな。
 
*紅葉がはじまったある日
 真ちゃんがけっこう歩けるようになったから、いろいろ連れまわすようになった。最初はちょっと嫌そうっていうか困った顔してたけど、真ちゃん好奇心強いし向上心もすげーから、すぐに積極的に参加してくれるようになった。ホントすげーの、ダンスとかすぐ覚えちゃってさ。あっというまに追い越されちまいそうだから、こっちも気合が入るってもんだけど。
 真ちゃんはやっぱり目立つ。髪はこのへんじゃあんまり見ない色だし、背も高いし、何より華がある。ステキな方ですねなんて言われると、オレも誇らしい気持ちになる。
 
*あるパーティで
 とうとう、オレにも結婚の話がもちあがった。まあもうちょいで成人するから当然なんだけどさ。
 全然、結婚することにイメージがわかない。伴侶ってどんなもんなんだろ? オレは王子だから、恋愛結婚はムリなのはわかってる。なるべく国益のためになる相手を選んで、世継ぎを産んでもらわねーといけない。でも、一緒に国を治めていくわけだからやっぱ個人的な相性だってバカにできない要素だと思うんだよな。一緒にいて楽しくて、頭がよくて、気が合って、オレに足りないところを補ってくれるような―なんて、ちょっと都合よすぎか。
 もし、仮に、恋愛結婚ができるとしたらオレはどうするんだろ?
思い浮かんだのはオレを助けてくれた、緑の目の天使だ。結局あれ以来会えずじまいだけど、あのときのことを思い出すとどきどきする。恋、っていうと大げさだけど、オレのなかではそんな感じだ。でも、彼女と結婚するなんてどう考えてもいろいろとムリだ。
 でも、ほんとのことを言うと、伴侶を決めろって言われたときに最初に思い描いたのは緑の目の天使じゃなくて、真ちゃんだった。いやいや、って打ち消したけど、その考えはずっとオレの脳裏でちらちらしている。
 確かに真ちゃんは頭もいいし、一緒にいると楽しいし、でも、男だし。あーもう、よくわかんねー。でも、真ちゃんとずっと一緒にいたいって思う。素性もわかんねー相手に抱いていい感情じゃないのはわかってるけど、それでもそう思う。
 
*誕生日
 あー、すげえ、のんだ。酒って、すげえな。くらくらしてすげえ楽しいきぶんになる。おとなが飲みたがるりゆうがわかった。
 あのときオレをたすけてくれたコに会った。まさか、となりのくにのおえらいさんのむすめだとは思わなかったな。あの宰相は、オレとあのコをけっこんさせたいみてーだ。いろいろ、こうつごうなのはわかる。わるいコじゃなさそうだし、それでもいいのかも。
 ―だけど、オレのあたまにちらちらしてるのは、ずっとあいつだ。きょうはとちゅうでどこかにいっちまって、それからずっとさみしい。うけるよな、まわりにいっぱい、うんざりするくらいひとがいるのに、さみしいとか。
 これはどういうことか、オレにもわかってる。ずっといっしょにいたい。いちばんそばにいたい。ほかにはだれも、ほしくない。かなわないってわかってるけど、はんりょは、しんちゃんがいい。
 
*誕生日の翌日
 二日酔いで頭が痛い。ついでに腰とケツも痛い。
 昨日、真ちゃんが部屋に来て、泣きそうな顔でキスされる夢を見た。なんだ両想いだったのかってうれしくなって、どうせ夢ならってめいっぱいいちゃいちゃした。すげー、いい夢だった。
 ―と思ってた。起きたら真ちゃんが寝台にいて、しかもオレらはだかで、「おはようなのだよ」って笑いながらキスされた。なんでいきなりしゃべってるんだよっつか語尾! って混乱してるオレに真ちゃんは丁寧に説明してくれた。なんつーか、もう布団から起き上がれない。いろんな意味で。実は人魚だったとか、しかも王子だとか、もうオレの理解を超えてる。
 これからどうしよう。まずあの宰相に話しにいかねーとかな。あと真ちゃんと結婚できるようにしねーと。どっちもなかなかの大仕事だけどしょうがない。なんせ、永遠の愛を誓っちゃったんで。
 当の真ちゃんは召使に持ってこさせた貝殻を並べてなんかブツブツ言ってる。なんかの占いらしく、「ラッキーアイテムがわからないと一日を満足に過ごせないのだよ。口がきけないから今までとても歯がゆかった」とか言ってる。おかしな伴侶をもっちまったな。
 おかしくて、だけどとてもいとしい、オレの最高の伴侶だ。

 

 

 


2017.5.6
合同誌『ever after』収録「人魚姫」その後