「しーんちゃん、待たせてごめ……」そこでオレの言葉は宙に浮いた。
三か月ぶりに会う相棒は今日も変わらず、ぴっしりと高級スーツを着こなしている。それはいい。それはいいんだけど、高そうな黒のスーツとおそらくオーダーメイドであろうYシャツ、その狭間。きっちりと締められたネクタイには、昔夢中になって読んだマンガの主人公がプリントされている。
「高尾?」
怪訝そうに名を呼ばれて気を取り直す。いけない、オレとしたことが。緑間が身に着けるアイテムがヘンテコなのは十年前から慣れっこのはずなのに。わかってます、ラッキーアイテムなんですよね。あれ、でも今日の蟹座のラッキーアイテムは三色ボールペンじゃなかったっけ。
その疑問がとけたのは数時間後。薄暗いバーで、緑間はおもむろに「好きだ」とオレに告げた。
「長い間、友人という関係に甘んじていたが……もう、次の段階に進んでもいいのではないかと思ったのだよ。おまえの気持ちを聞かせてほしい。……高尾?」
「え、あ、ごめん、なんだって?」
十年間待ち望んでいたはずの告白を、あろうことかオレは上の空で聞いていた。だって、緑間が動くたびに胸元の丈太郎が動くのだ。気になってしかたないし、第一めちゃくちゃおもしろい。真ちゃんもジョジョ好きだったなんて知らなかった。やっぱりちょっとスタンドとか憧れたりしたんだろーか、とか考えてしまう。
「……ああ」
オレの視線の先に何があるか気づいて、緑間が視線を下げる。丈太郎の頭の部分をちょっと指で撫でて、すこし照れたように言った。
「今日は大事な日だからな。ここぞという日に、これを締めようと思っていた」
え。
「ラッキーアイテムじゃねえの……?」
「バカめ、今日の蟹座のラッキーアイテムは三色ボールペンなのだよ」
ですよね知ってます。という返事はできなかった。いや無理だろ。丈太郎はラッキーアイテムなんかじゃなく、まさかの。
「勝負ネクタイ……!」
静かなバーという場所柄、爆笑はできない。笑いをこらえてぴくぴく震えるオレに、緑間はとどめを刺す。
「いいから返事をしろ。オレが人事を尽くしてこのネクタイを締めている以上、おまえはもう死んでいるのだよ」
「それ作品ちげーから……!」
とうとう笑い崩れてしまったオレに、緑間はなぜか満足そうな表情をする。
互いにかなり酔っていたことに気づいたのは翌朝のこと。痛恨の極みみたいな顔をした緑間が「昨日の仕切り直しをしたいから記憶をなくせ」と言ってきて、オレはまたまた爆笑の波に飲み込まれたのだった。
2020.9.20