オレの恋人は、オレを怒らせるのが天才的にうまい。
感情にまかせ、ベッドめがけて高尾をぶん投げる。しかし相手はそんな乱暴な扱いなどまったく気に留める様子もなく、ベッドの上でげらげらと笑い転げているものだから、オレの怒りはますます温度を上げる。
怒り心頭とはこのことなのだよ。頭の芯がぐらぐらと煮えてしまいそうだ。
「うひゃ、ひゃひゃひゃ、そーんな怒んなって……つーかさっきの真ちゃんの顔、うひゃ! チョー傑作……ぶふふふっ」
体をくねらせてやかましく爆笑している姿は、憎らしいの一言に尽きる。なぜオレはこんなやつを選んでしまったのか不思議に思えてくるほどだ。
「うひひっ、こえー顔しちゃってぇ、ああいうのは冗談にしか聞こえねーもんなの! それなのにマジんなって怒っちゃって、図星ですって言っちまったよーなもんだかんな? ひゃひゃ」
あんなことをされて怒らないわけがない。高尾とて、オレに同じことをされたらきっと激怒したに決まっている。それなのにオレが狭量なのが悪いのだといわんばかりの態度はどうだ。本当に、こいつはオレを怒らせることにかけては天下一だ。
声も出せずにいるオレを見て、高尾はまた盛大に笑い出す。ぷちん、とオレの中で何かが切れた。ベッドに膝をついて高尾の上にのしかかる。
「ぐえ、重、重い」
だからなんだと言ってやりたい。涙をうっすら溜めた橙の瞳はまだ笑いの気配を濃く宿していて、普段なら愛おしく感じただろうが今はそういう感情を噛みしめる気分にはなれない。
「……真ちゃん? ちょ、何」
有無を言わさず高尾が着ている濃緑のTシャツをめくりあげる。薄く筋肉がついた端正な腹から胸にかけて手を這わせ、胸の中心で薄く色づく突起にたどりつくと高尾がようやくうろたえたような声をあげた。
「おい、何してんだよ。やめろって真ちゃん」
誰がやめるものか。
「いやー、真ちゃんってホントおっぱい好きでさあ。乳首いじんのやめねえの」などと黒子たちに暴露してくれたのはおまえなのだからな、高尾。
「……ぁ、ん…………ふぁ……も、やめ……やだ……しん、ちゃん……」
高尾の声がだいぶ腑抜けてきた。
それもそうだろう。あれからどれくらい経ったかは知らないが、とにかくオレはずっと高尾の乳首を弄っている。もちろん高尾が余計な抵抗をしないよう、今日のラッキーアイテムである靴紐で手首を拘束ずみだ。
最初は笑ったりふざけたり怒ったりしてオレの気を削ごうとしていた高尾だったが、さすがにもうその余裕はないらしい。時間をかけて摘まんだり擦ったりしたおかげですっかり充血した乳首は高尾の性感帯だ。軽く指先で撫でるだけで、実に気持ちよさそうに喘ぐ。
「ぁ、あ……や、あ……」
大体、ふれると気持ちよさそうにするからさわってやっていただけなのに、オレがスケベで変態であるせいだと吹聴されるのはどう考えてもおかしい。オレが性的欲求を催すのはおまえに対してだけで、誰かれかまわず胸をさわりたいと思っているわけでは断じてない。青峰と一緒にするな。
「高尾、見るのだよ。おまえのここはすっかり硬くなっているぞ。乳首をかわいがられると気持ちがいいのだろう?」
高尾は案外言葉責めに弱い。耳元に辱めの言葉を吹き込んでやると、みるみる顔を真っ赤にしてオレをにらむ。
「真ちゃんが、しつこく……さわるから、だろ……っ。もともと、こんなんじゃ、なかった」
「最初から反応がよかったのだよ」
そうでなければ、こんなふうになるわけがない。ぷっくりとふくれた乳輪を円を描くように撫で、爪の先で先端を弾いてやると高尾が唇を噛んだ。
「も、マジ、やめろって……もうやだって……」
「ここばかり弄らないでほしいということか?」
「ん、っ、バカ、ちげーよ……。今日は、しねえって、言っただろ」
「そうだったか? あいにくオレは〝おっぱい大好きなスケベ男〟だからな。おまえの胸を楽しむのに夢中で、ほかのことはよくわからないのだよ」
嫌味を込めて言ってやると高尾の顔がゆがむ。悔しそうな表情はオレの留飲を下げないこともないが、このくらいでは気がすまない。
胸に顔を近づけ、乳首にふっと軽く息を吹きかけてやる。それで次の行動を察したのか、高尾がちいさく息を飲んだ。
「っ、真ちゃん、ほんとに……」
いやだと怯えたように頭を振る姿に正直そそられた。
高尾の懇願を無視して、つるりとしたちいさな硬い乳首に舌を這わせる。とたんに甲高い嬌声があがり、オレの肌がぞくりと粟立つ。こいつの声の放つ威力は絶大で、理性を保つのにいつも苦労させられる。
「ぁあ、ぁ……ん、んぅ、あ……っ!」
指で弄られるより舐められるほうが好みだ、ということはとっくに把握ずみだ。唇のあいだに挟み込んで固定し、舌先でつついたり舐め上げたりしながらもう片方を強く摘まんで捻りあげる。高尾は、ちょっと痛いくらいにされるのが好きなのだよ。
「ぁ、あぁ、や、あぁ……ぁ、あ……」
声がだんだん切羽詰まってきた。
高尾が腰を浮かせて内腿を擦りあわせたのを見逃すオレではない。爪で先端を小刻みに弾きながら前歯を濡れた乳首に当てる。こりこりとした感触が伝わってきて、耳の後ろが熱くなった。
こうやって胸を愛撫しているとそれなりに興奮のは否定しない。しかし、それは胸だけに限った話ではない。高尾が声をあげるたび、体をよじらせるたびにもっとという衝動がオレを襲うのだ。
もっと、もっと高尾を乱れさせたいと。
「――ッ! 真ちゃんそれやだっ、マジもうやめ……!」
うるさい黙れ。おまえはこうされるのがいちばん好きだろう。さんざん焦らしてやったのだから、存分に味わうがいいのだよ。
力の加減に気をつけながら、乳首をごくごく弱く齧る。
「あ――ッ!!」
喉をそらし、悲鳴のような声をあげながら高尾は体を痙攣させた。痙攣が収まると同時に弛緩してベッドにぐったりと沈んでいく。ズボンを履いたままの股間はきっとぐっしょりと濡れていることだろう。
まったく、乳首を責められただけで射精できるくせに、何が「真ちゃんおっぱい大好きだから」だ。
「おっぱいが好きなのはおまえなのだよ。だからオレは人事を尽くしているだけにすぎん」
唾液に濡れて光る乳首をきゅっと摘まむと、薄く汗ばんだ体が跳ねた。一度達して敏感になっているのだろう。さっきよりも反応がストレートでわかりやすくなっている。こうなったときの高尾はかわいいのでとても気に入っている――とは教えてやらんが。
「ぁ……」
もの言いたげな視線を無視して、また頭を胸元に降ろしていく。まだ舐めていないほうの乳首を口に含むと、高尾のすすり泣くような声がした。
「ぅ……もう、やだぁ……」
「知らん」
さっきしたように歯を立ててやるとすすり泣きが大きくなる。もう一度くらいイかせてやれそうだ。そのあとで高尾にさきほどの暴挙を謝罪させ、オレの欲望を手か口で処理させて終いにしてやる。
「しんちゃぁ……も、や、やぁ……ッ、そこやだ、そこばっか、やだ……っ!」
顔をあげると、涙をいっぱいに湛えた瞳と視線がぶつかる。同じ涙を溜めた目でもさきほどとは意味合いのちがうそれに、かあっと頭の奥から熱が広がっていく。なんだ。嫌だと言いながらもこいつはオレを煽りたいのか。
動きを止め、真っ赤な頬に今にもこぼれおちてしまいそうな涙を指で拭って、言葉の先をうながす。
「も、胸ばっかやだ……」
「ならばどこがいいのだよ」
「ナカ、ナカさわって、突いて……ッ!」
意地悪な問いにもかかわらず、返ってきた答えはあまりにも素直だ。高尾を悔しがらせたいという毒気は抜け、代わりに抑えるのが困難な勢いの欲求がオレの頭を埋め尽くす。さきほどの計画は白紙に流そう。
高尾の手首を縛りつけた靴紐をほどいてキスをする。すると甘えたように頬を擦りつけて抱きついてくるから、オレは寛大にも高尾の暴虐をゆるしてやることにしたのだった。
「もーマジ怒った! 真ちゃんなんてマジ知んねー。さっさと帰れ」
「ここはオレの家だ」
布団の山の中から聞こえるガラガラ声に返事をするが、それに対する返答はない。しかたがないから言葉をつづける。
「それに怒られる筋合いもないのだよ。今日はしないとおまえが言うからこちらとしてもそのつもりだったのに、おまえが挿れてと懇願するから」
「あーもーうっせー! 懇願とか言うな!」
横暴、変態、残虐、などと物騒な言葉を並べ立てているから布団をむりやり引きはがす。ひどく恨めしそうな高尾の目のふちが赤くなっているのが艶めかしいと思ったが、言わずにおく。
「残虐とはなんだ。きちんと痛くないようにしてやっただろう。おまえだってだいぶ気持ちよさそうに」
「だからうっせーっつの!」
「もっといっぱいしてというから人事を尽くしたのに」
「ぅぁー……もーほんっといや……」
がくりとうなだれた頭を撫でてやる。高尾の後頭部は信じられないほど形がいい。
「……んだよ」
「さわりごこちがいいのだよ。オレにフェチがあるとすれば、それはおっぱいではなくて後頭部だ」
「ぶは、なにそれ」
ようやく笑みを見せた高尾の額に唇をつける。はあ、とため息が聞こえて高尾が放つ空気がゆるんだ。
「……ほんっと、しょーがねえなぁ、真ちゃんは」
すっと両腕が伸ばされる。抱きしめて、の合図にオレは口角を上げた。
オレの恋人は、オレを喜ばせるのも天才的にうまいのだよ。
2018.3.25