宮地清志のイライラが限界

 ひとつ年下の弟がいる、ということはオレの人格形成にわりと大きな影響を与えたと思う。
 弟というのはとにかく生意気で、何かとオレの真似をしたがる生き物だ。幼いころはそれをかわいいと受け流せなかったので、結果的にやたらと衝突するハメになるのだが、悲しいかな兄という立場はケンカのとき非常に不利になる。ちょっと手を出して泣かせようもんなら、すぐに「お兄ちゃんでしょ」という理不尽きわまりない言い分と共に鉄拳制裁がくだってしまう。どんなに向こうが悪くとも。
 かくして、できるかぎり言葉で弟を屈服させなければならない状況に追い込まれた結果、豊富なボキャブラリーを使いこなす今日のオレができあがったのだった。例によってオレを真似た弟はオレ以上に言葉遣いがアグレッシブになってしまったが、まあ、それは別の話。
 言葉は便利だ。怒りをまっすぐ伝えることはもちろん、若干誇張された言い回しを使うことで怒りをまぎらわすこともできるし、冗談に混ぜこんで鬱憤を晴らすこともできる。それに、ガタイがいい部類に入るオレに物騒なことを言われると大抵のヤツは怯えて黙る。とても平和的な解決ができている。
 しかし。
 そんなオレでも、言語で表現することが不可能な怒りというものが存在する。
 
「ダッシュあと100本! 気ィ抜くな!」
 
 オレの号令に従って皆がいっせいに顔を上げる。キュ、とバッシュが床を擦る音があちこちから響く。
 バスケをしているこの時間が、いちばん好きだ。王者の名を誇る強豪校にいるからには楽しいことばっか起きるわけじゃないけど、つらいことも苦しいこともひっくるめて好きだと思うんだから相当だと自分でも思う。
 けど、ここにいるヤツらは全員オレと似たようなもんだ。だからバスケがよけいに楽しい。勝てばうれしいし、負ければ悔しい。どれだけしんどくてもバスケをやめないバスケバカに囲まれてバスケに没頭できる毎日はオレにとって大事なもんで、当然仲間のことは――。
 
「真ちゃん! どっちが速く100本終わるか競争しねえ?」
「フン、バカめ。オレが勝つに決まっているのだよ。わかりきった勝負をして何が楽しい」
「ヘッ、自信ねーの? 最近オレに追い上げられてるもんな?」
「……いいだろう、その鼻っ柱叩き折ってやる」
 
 ……うるせえ。
 いい具合だったオレの機嫌は一気に降下する。無駄口叩くな潰すぞ、と叫びたいのをぐっとこらえて代わりに首にかけているホイッスルを思いっきり吹く。地響きのような音を立ててダッシュが始まった。
 変な走り方をしていたり、調子が悪そうにしているヤツがいないかをチェックしながらこっそり舌打ちをする。完全消滅まではいかないが、イライラは多少緩和される。
 ここのところオレをイラつかせているのは、言うまでもなくあのふたりだ。入部して早々にレギュラー入りし、あっというまにスタメンにのしあがった、秀徳バスケ部名物一年コンビ。
 あいつらにイライラするのは今に始まったことじゃない。とくに、キセキの世代として鳴り物入りで入部してきた緑間には最初からイライラさせられっぱなしだった。そりゃそうだ。スタメンで当然、勝って当然、自分にパスが回ってきて当然、仲間のことなんざ目もくれませんって態度の一年を手放しでかわいがれるほど、オレは人間ができていない。高尾だってそうだ。ヘラヘラ調子よくふざけてるかと思えばふいに生意気な口を叩き、あげくに鷹の目とかいうふざけた名前の能力を駆使してスタメン入りだ。あの世代には変なのしかいねえのか。
 まぁ、さすがに入部して何ヶ月も経っている今では、そんな気持ちになることはない。あいつらの実力はじゅうぶん理解しているし、どれだけ努力を重ねているかも知っている。オレの弟以上に生意気ではあるものの、それが許されるだけのことをしているのだ、あのふたりは。
 だけど、それとこれとは話が別だ。別なのだ。
 
「は、口ほどにもないな」
「にゃ……にゃにおう……これから、だっつーの……」
「これからも何も、もう走り終えたのだよ。ほら、汗を拭け。見苦しいぞ」
「ん、ちょ、むぐ、ブハ! 真ちゃんかーちゃんかよ! 自分で拭けるって!」
「うるさいのだよ。おとなしくしていろ」
「うひゃひゃ、やめ、それくすぐった、げひゃひゃ!」 
 
 ――――――こんなふうにいちゃつくのを目の当たりにさせられるイライラは、あいつらの努力する涙ぐましい姿とはまったく比例しない。
 ホイッスルを握りしめる手が痛い。限界だ。
 
「オラ!! 緑間、高尾! おまえら外周10周してこい!」
「えッ!?」
「なぜなのだよ」
「ダッシュしたりねーみてえだからだよ! さっさとしろすり潰すぞ!」
 
 さわやかに見えるであろう笑顔で凄むと、納得してないカオをしつつもふたりは体育館から出ていった。これでしばらくオレの心の平穏は保たれる。
 あいつらの仲がいいことなんざ、今に始まったことじゃない。何から何まで正反対なように見えるが、たぶん根っこのところが似ているんだろう。息が合うのはもちろんいいことだし、一年のレギュラーはあいつらだけだからふたりで行動することが多いのも自然の流れだ。
 だが、あのふたりの関係はどう見ても仲のいいチームメイトという枠組みから大幅に外れている。そう気づいたのはつい最近のことだ。
 単にじゃれあっているだけなら、オレだってたいした疑問は抱かなかっただろう。表情や雰囲気が、言葉にするのも嫌だが恋人どうしのそれなのだ。いつもどおりを装いながらもちらちら顔をのぞかせる好意、目が合った瞬間に交わされる微笑み、必要以上に近い距離、他人が近づくのがはばかられる謎の雰囲気――もううんざりだ。男同士云々ということではなく、部活にそういった激甘なものを持ち込まれるのが。そういうのを目の当たりにすると、なんとも言えない気持ちになる。全身がむずがゆくなって叫び出したくなるような、形容しがたいモヤモヤ。言っておくが、オレに彼女がいないひがみでは断じてない。
 
「そんじゃレイアップいくぞ!」
 
 声をはりあげて雰囲気を引きしめる。あいつらにはあとでレイアップをやらせよう。どうせ自主練で残ってくだろうからそんときにやっとけとか言えばいい。
 キセキの世代とかいう化け物がひしめく今、日本一をめざす戦いは熾烈を極める。恋とか愛とかいうものは二の次、三の次にしてほしいと思うのは先輩として、いやチームメイトとしてそう間違った意見ではないはずだ。
 
 イライラさせられている理由は、もうひとつある。
 
「あー……今日もつっかれた……」
「声はりあげすぎなんだよ、宮地は」
「たまに体育館通りかかった女子がびびってるぞ」
「うるせ」
 
 カバンを肩にかけなおして夜空を見上げる。ときおり吹いてくる風が気持ちいい。
 今日もみっちり練習した。試合を今週末にひかえていることもあり、基礎練もミニゲームもいつも以上に気合を入れた。その疲労感は心地いいもので、帰ったらストレッチと筋トレをがんばろうと思えるほどだ。
 部室を出て、正門に向かう途中で体育館にさしかかる。半分ぐらい開いた扉から明かりが漏れていて、キュ、と耳になじんだ音が聞こえた。
 
「緑間と高尾はまだ残ってるのか」
 
 腹の立つ名前に、一瞬こめかみがひきつる。結局あいつらのいちゃいちゃは外周程度でおさまるようなものではなく、それからも緑間が熱い視線を送っていたり、高尾が緑間のシュートにうっとりしていたりととどまることを知らない勢いだった。本当に、非常に、鬱陶しい。
 
「あいつらもがんばるなー。今日の練習けっこうハードだったのに」
「まあ、宮地がレイアップ100本やっとけって言ったからな」
「そういえば宮地。……ちょっと最近、あいつらに当たりがキツくねえか?」
 
 木村のまじめな口調に足を止めてふりかえる。面倒見がいいのがこいつの長所だけど、こういうときは甘すぎると言ってやりたくなってしまう。
 
「そんだけ期待してるってことなんだろうけどさ」
「期待とかじゃねえ、ふたりがたるんでるからだよ」
「そうか?」
 
 大坪が首をかしげる。部員をきちんと見て厳しく、時に優しくできるのがこいつの長所だけど、鈍いのが玉に瑕だ。
 
「試合も近いし、けっこう気を引き締めてるように見えたが」
「オレも」
 
 思わず特大級のため息を吐きだしてしまう。そう、オレがイライラしているもうひとつの理由はこれだ。あいつらのいちゃつきっぷりを理解していない。というか、気づいていない。男同士だからという油断があるのだろうか。
 
「だから! なんでわかんねーんだよ、あいつらがいちゃついてっからオレは」
「いちゃついてるっても、なぁ」
「休憩中にちょっとふざけるくらいは別にいいだろう。気を抜く、引きしめるの切り替えだってできるようにならないと」
「だから……そうじゃなくて……」
 
 くりかえすが、あのふたりが男同士でつきあおうが結婚しようが別にかまわない。オレの関与するべきことじゃないし、興味もない。男女の関係よりは大変かもしれねえけど、まあせいぜいがんばれよというところだ。だけど部活中はやめてくれという、それだけの話なのだ。
 
「いちゃついてるって表現が悪いんじゃないか? 私語は慎めとか、高尾は笑い声がでかいからちょっと抑えろとか」
「そうじゃねえんだよ……。あの、恋する目線とかふたりでべったりとかそういうのをやめろってことなんだよ」
 
 大坪と木村が顔を見合わせて笑う。ああ、もう、全然伝わらない。冗談で言ってるわけじゃないのに、この話になるといつもこうだ。
 
「もーいい……」
 
 これ以上は時間の無駄だ。
 会話を打ち切って歩き出すオレを見て、大坪と木村がまた顔を見合わせた気配がした。
 
 はあ、と息をついて頬杖をつく。
 大坪と木村は昨日みたいな調子だからアテにならねえし、他のヤツにそれとなく話を振っても仲いいっすよねえ、で終わってしまう。恋バナが好きなはずのマネージャーも、オレたち以上の観察眼をもっているはずの監督でさえそうだ。オレの気のせいなのか? いや、そんなはずはない。緑間とハイタッチして頬を染める高尾(乙女か)とか、ミニゲームで高尾がスティールを決めるのをコートの外で眺めて微笑む緑間(何を喜んでんだ)とかをオレは見ているんだ。絶対にまちがいじゃない。なのにどうして誰も気づかない。
 もう一度ため息をつくがモヤモヤは晴れない。そもそも、なんでオレがこんなに悩まなきゃいけねえんだ。
 
「宮地どしたん?」
 
 さすがにため息がでかかったのか、前の席の石塚がこっちを向く。
 
「わり、なんでもね」
「悩みごとか? 握手会外れたとか?」
 
 からかう声にバーカと返すと、胸のうちが少しだけ明るくなる。石塚はいいヤツだ。オレと同じアイドルグループのファンだし、いつも落ち着いていて懐が広い。面倒見のよさを買われて吹奏楽部の副部長をやっているほどだ。……待てよ、吹奏楽部の副部長?
 
「なあ石塚、話あんだけど」
「な、なんだよ……目が怖いって、そんな近寄んなよ」
 
 半ば本気でおびえた顔を向けられたが、かまっていられない。オレは切実なのだ。
 
「吹奏楽部ってさ、男女同じくらいいるだろ。なんつうかこう、あるだろ、男女関係のトラブルが」
「あー……まあ、たまーに」
「そういうときってどうしてんだよ。えっと、具体的には部内でつきあってるヤツらがいて、部活中もいちゃついてたりとかしたら」
「うーん」
 
 石塚が宙を仰ぐのを期待を込めて見つめる。秀徳高校の吹奏楽部はナントカコンクールにも出るほど実績があり、人数もそこそこ多い。きっとそういうトラブルは多いにちがいない。
 もう一度うーんと言いながら石塚が視線をこちらに向ける。思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 
「まわりが困ってないなら、ほっとく」
 
 オレの表情がおかしかったのか、石塚はおかしそうに笑った。
 
「だって他人の色恋沙汰に首つっこんでもいいことねえもん。演奏に支障が出るとか、他の部員に迷惑かけてるとかなら問題だけどさ。そうじゃないなら別に」
「でも、部活中だぜ? 轢くぞってならねえ?」
「そりゃキスしてたり抱きあったりしてたらさすがにブッ飛ばすけどさ、ちょーっと仲がいいくらいならなぁ。何、バスケ部でそんなんあるの? マネージャとか?」
「いや、まぁ、そんなとこ」
 
 宮地は真面目だからなぁとのんびり言われて腑に落ちない気持ちが強まる。だって、ふつう、部活中にはそういうことしねえだろ。そういうもんだろ。
 
「去年卒業した先輩の受け売りなんだけどさ、恋愛真っ最中だとまわりが目に入らないもんだろ。そういうときに外野がどうこう言っても逆効果になることもあるんだよ。抑えつけてギクシャクして雰囲気悪くなるとか、まわりにヤキモチ妬きだすとか。だから基本は見て見ぬふりで、本当に困ったことになったら本人たちに話をする、かな? それに悪いことばっかじゃねえぜ。好きなヤツのまえではいいとこ見せたいだろ? だから逆にパフォーマンスよくなることもあるし」
 
 授業開始を告げるチャイムが鳴り響き、同時に教師がやってくる。
 あわてて前を向いた石塚の言葉を、くりかえし反芻してみる。そうか。そういうもんなのか。
 今までバスケ部内で恋愛にまつわるごたごたが起きたことはない。男ばっかだし、マネージャーには手を出してはならないという、ほぼ伝統と化した不文律が存在しているからだ。だからこそどうしていいかわからなかったのだが、デメリットばかりではないというのは新鮮な意見だった。
 落ち着いて検証しなおしてみる。確かにあいつらはいつもべったり一緒にいるし、ちょっと近すぎる距離感でじゃれあったりしてるけど、バスケがおろそかになっているわけではない。他の部員は全然気づいていないっぽいから、まわりが迷惑しているというわけでもない(オレ以外は)。それにふたりのプライドの高さはよく知っている。さぞ好きなヤツのまえではカッコつけたいことだろう。プレイにいい影響を与えている可能性もある、のかもしれない。
 宮地は自分にも他人にも厳しすぎる。以前大坪に言われたことだ。これも、そういうことなのかもしれない。だからといって甘やかしていいとは思わないが、さしたる問題が浮上してない以上はオレが首を突っ込むことではないのだ、たぶん。そう思っていれば腹も立たなくなるような気もする。
 なんだかアホらしくなってきた。そもそもオレ以外は誰も気づいちゃいないのだ。ひとりでイラついてただけだと思うと気恥ずかしくなってくる。そうだ、こんなことに心を砕いている場合ではない。もっとドリブルの技術を磨いたり、チームワークをよくしたり、そういうことに力を注いだほうが有益だ。
 軽くなった心で授業を受け、昼休みを迎える。今日の昼飯は美味しく食べられそうだ。
 ここ最近でいちばん軽い足取りは、教室を出る前に途切れる。扉のまえで、居心地悪そうにしている緑間と高尾がいた。
 
「……何してんだよ」
「あの、宮地サンに話があって……すいません、昼前に」
「手短に済ますのだよ」
 
 どことなく覚悟を固めている様子のふたりに連れられ、廊下の片隅に移動する。なんだよ人がせっかくすっきりしたってのに。
 
「話ってなんだ。つまんねー用だったらへし折るからな」
「折るってなんすか! こええなぁ」
 
 いつものようにへらりと笑ってみせた高尾が、ふいに表情を引きしめる。
 
「キャプテンから聞きました。なんか、そのー……オレと真ちゃ……緑間のことで、悩んでるって」
「あー……そういう言われ方すっとなんかムカつくな……」
「――すいませんでしたッ!」
 
 高尾と緑間がそろって頭をさげる。なんだなんだと通行人が驚いているが、それ以上にオレが驚いている。高尾もだけど、緑間がこんなふうに詫びにくるなんて。
 
「そんなにオレたちのこと考えてくれてるって、知らなくて。あの、もっとちゃんと他の一年ともコミュニケーションとるようにするんで! 心配させないようにします!」
「そもそもそんなに他の部員との関係は悪くありません」
「真ちゃん言い方! いやあのほんと、確かにオレら一緒にいること多いかもしんねえけど、別にオレらだけレギュラーで仲良くないとか、そういうことは全然ないんで! このまえだってみんなでマジバ行って楽しかったよな、真ちゃん」
「……まあ、退屈はしなかったのだよ」
「これすげえ楽しかったってことなんで!」
 
 いやその夫婦漫才がイラつくっつー話だったんだけど……っていうか大坪はどういう話をこいつらにしたんだ。全然ちがう話になってんぞ。
 呆れて返事ができないでいると、ふたりの肩がぎゅっとこわばった。やけに神妙な顔でオレの様子をうかがっているのがわかって、腹を立てていたことがどうでもよくなってくる。部活のときにでも話せばいいことなのにわざわざここまで来るなんて律儀というかなんというか、こういうとこは一年坊主だな。
 
「あー……まあ、もうちょいでオレらも引退だし、いろんなヤツとコミュニケーションとっとくっつーのは大事だな……。高尾はそのへん心配いらねえだろうけど、緑間はがんばれよ」
「いやこれでもけっこー打ち解けてきてるんすよ! みんなラッキーアイテムとか気にかけてくれてて、な?」
「……物好きが多いのには驚くが、まあ、助かってはいます」
「ああそうかよ……。まあ、おまえらの関係にどうこう言うつもりはねえんだ。堂々といちゃついてまわりに迷惑かけたりバスケに支障出さなきゃもうそれでいいから」
 
 苦笑交じりのオレの説教に、ふたりは目を丸くする。その反応にオレの目も丸くなる。なんだ、その外国語でも聞いてるみてえな表情は。
 
「……えっと、オレたちの関係、って?」
「はぁ? だからおまえらつきあってんだろ? それをあんまおおっぴらにすんなっていう……」
 
 言葉は尻つぼみになって消えていった。
 緑間と高尾が固まっている。そのままの状態で、顔だけがマンガみたいにかーっと赤くなっていく。なんだ。なんだその反応は。
 
「まさかバレてねえと思ってたのか?」
「え! いや、そうじゃなくって! オレら別につつつつつつきあってるとか、そんなんじゃないです! そりゃオレは真ちゃんのこと好きっすけど、告白とかそんなん無理すぎですし!」
「なぜ無理なのだよ。……好きならばそう言えばいいだろう。そうしたら、オレだって」
 
 緑間が言葉を切って、メガネの位置を直す。高尾は派手な自爆をかましたことに気づいて全身を凍りつかせている。オレも動けない。背中をおそろしいほどの勢いで冷や汗が流れ落ちていく。まさか、まさかオレは。
 ――やっちまった、のか? まさかふたりはつきあってなくて、相手の気持ちにも気づいていなくて、それなのにオレは、今。
 
「し、真ちゃん……? ど、どういう」
「バカめ、それくらいわかれ。……オレも、おまえのことが――」
 
 まわりの喧騒が遠い。ついでに意識も遠のいてほしい。それで目覚めたらハイ全部夢でしたって言われたい。
 目の前でくりひろげられている盛大な告白劇をBGMにしながら、高尾以上の自爆をぶちかましてしまったことを、オレはただただ悔いることしかできずにいるのだった。
 

 
 
 
 
 


2016.8.19