部活を終えた帰り道、隣を歩く緑間の機嫌が悪い。
今年の春、衝撃の再会(ただしオレの一方的な)から七ヶ月。その間誠凛に負けたり合宿したりセンパイたちにどつきまわされながら練習したり。いろいろあったけど、オレと緑間の関係も結構変化したと思う。オレの緑間像は「クソ強いけどとっつきづらくてワガママで変ちくりんなやつ」から、「クソ強くて努力家でめちゃくちゃおもしろい」に変わり、緑間もオレのことガン無視だったのが最近じゃちゃんと顔を見て話してくれるようになった。つまり、わりといい感じ。まあ、オレ緑間の相棒だし? コートでもそれ以外でもいい関係を築いとくのに越したことはないっしょ。
だから最近のオレは、以前よりも緑間の変化にも敏感だ。無表情とか仏頂面って言われることが多いけど、緑間は実は感情豊かな男だ。表情に出ないだけで、嬉しいときや悲しいときなんかはすぐわかる。ちょっとした仕草とか、出してるオーラとかで。
「……」
そしてここんとこ、緑間はずーっと機嫌が悪い。眉間にぐいぐいシワ寄せて、いつも考え込んでる様子で、オレの話なんか上の空だ。木村さんや大坪さんにも「あいつどうした」って言われるくらいだからもうまちがいない。バスケに影響出てないのはさすがって感じだけど、でも、それにしたって長くねーか?
「真ちゃんさあ」
「ああ」
「なんか嫌なことでもあった? おは朝ずっと良くないとか?」
「ああ……」
「おい、こっち向けよ」
さすがにちょっとイラっとして、語気を強める。そんなオレにびっくりした様子で緑間は足を止めた。
「どうしたのだよ」
オレを見下ろす目はまっすぐで曇りない。吹きつけてくる冷たい風にひるがえる緑の髪は夜空に映えて美しい。緑間のこときれいだな、なんて思うようになったのも最近のことだ。
「最近、ずっと機嫌悪いじゃん。どしたの? なんか悩んでんなら話し――」
「なんでもない。別にオレは悩んでなどいないのだよ」
食い気味に否定された。でも緑間の表情は険しいまんまだし、悩んでないって言葉を素直に受け取る気にはなれない。だいたいこいつが素直に悩んでますとか言うわけない。
「バスケのこと、だよな? 真ちゃん調子悪い感じしねーけど……なんかやりにくいとか、そんな感じ? そういやこのまえフォーメーションちょっと変えたから、それ関係?」
「ちがうのだよ。なんでもないと言っているだろう。だいたいおまえには絶対に言いたくな」
そこで緑間は言葉を切った。しまった、とありありと書いてある表情で押し黙る。なんだよ、やっぱ悩んでんじゃん。
「そんなら誰なら言える? 大坪さん? 監督? それとも黒子とかのがいいか? ちょっと待ってろ、そんなら今黒子に連絡して」
カバンから携帯を取り出すと、緑間ははっきりと狼狽した。オレに連絡させまいと携帯を奪い、何か言おうと口を開き、結局何も言わずにしゅんと眉を下げる。あれ? 困ってる? なんで?
「……なぜだ」
「は?」
「なぜオレが悩んでいることに、そこまで干渉してくるのだよ」
「いやえっと、なんでって……そりゃ、やっぱずっと不機嫌な顔されてんのもやだし……真ちゃんが困ってんなら、なんとかしてやりてーし」
その言葉が転がり落ちていってから、ようやく気づいた。そっか、オレって真ちゃんが悩んでたらなんとかしてやりてーのか。なんか、オレって真ちゃんのことけっこー好きなんだな? って言ったらこいつはどんな顔するんだろう。
「……そうか」
緑間はオレの手を取って、そこに携帯を乗せた。すまない、と低く端正な声で言われてびっくりする。緑間がオレに謝るとか、はじめてじゃん。
「もうすぐ、誕生日だろう。おまえの」
「へ!? あ、うん、そーね、ってか真ちゃんオレの誕生日なんで知ってんの」
「前に話したことがあっただろう、バカめ」
申し訳ないけどさっぱり記憶にない。まあでも、おは朝占い関係で星座の話をしたときにぽろっと誕生日も言ったとか、そんなとこだろう。たぶん。よく覚えてたなそんなん。でも、それと今までの話になんの関係があるんだ?
「それで、何か贈るべきだと思ったのだよ。だが何がいいかさっぱり思いつかない。バッシュなどの高価なものは絶対にやめろと黒子に言われ、なおさら思いつかん。それで……くそ、どうしてオレがこんなことで悩まなければならないのだよ」
いや、どうしてと言われても。つか黒子に相談したとかウケる。高尾の誕生日には何を贈ればいいのだよとか言ったのかな。黒子のリアクション見たかった。絶対おもしろかった。
爆笑するところのはずなのに、むずむずとくすぐったいものが込み上げてきてうまく笑えない。緑間が、オレの誕生日で悩んで、しかも黒子に相談した、とか。
「…………ぶふっ、くふ……っ、そ、そんなことでずっと悩んでたとか……っ」
「う、うるさいのだよ! 誕生日プレゼントなど、家族以外にやったことがないからしかたがないだろう!」
緑間のほっぺは真っ赤だ。怒ってるフリしてーのかもだけど、全然怖くないしむしろかわいい。うへ、かわいい、だって。緑間がかわいい、だって。オレどうしちゃったんだろ。
「ぶふ、ふふ、くく……っ」
「おい、いい加減笑いやめ。それでオレに何がほしいのか教えるのだよ」
緑間は開き直ったらしく、いつものようにえらそうに腕組みしてオレを見ている。でもまだ顔が赤いから動揺してるのはバレバレ。ほんと真ちゃんっておもしれえよな。そんでかわいい。
ダメだ。とうとうオレは気づいてしまった。自分の気持ちに。
「ぶふ、くく、うひ、ひゃひゃ」
「高尾」
ほしいもの。今この瞬間にできちまったけど、緑間には言えない。言えるとしたら、そうだな、オレがちゃんと緑間の相棒に認められて、黒子たちに勝って、秀徳が日本一になったとき、かな?
「んひ、ひひ、そしたらさ、オレ、金メダルがほしいな。ウインターカップの」
「……ほう」
すっと緑間が目を細める。緑の瞳にゆらりと静かに闘志の炎が燃え上がるのを見て、オレの笑いはさらに深くなる。そうそう、オレおまえのそーゆー顔好き。さっきみたいに照れた顔と同じくらいに。
「それはおまえにやる誕生日プレゼントではなく、果たすべき目標だが……まあいい、ウインターカップでは、必ず望みのものをくれてやるのだよ」
オレの3Pシュートで。そう言うと思ったのに、緑間は眼鏡をかちゃりとさせながら「オレたちのとっておきで」と言葉を続けた。ああもう、だめ、好きだ。
「そーだな!」
携帯を渡してくれた手に自分の手を重ねる。しゅわしゅわ炭酸のように弾ける気持ちは、まだ大事にとっておこう。うん、自分の中に大切にしまっとくのも、悪くない。
「絶対勝とうぜ」
「……当然だ」
見上げた緑間の顔はさっきよりも赤く、でももう眉間にシワは寄っていなかったから、オレは満足してにんまりと笑ったのだった。
2022.11.20
ブーストお礼