全面的に降伏しました。

「高尾ー!今からオレらの部屋来いよ!」

 クラスメイトである鈴木の明るい声に、オレは勢いよく飛びついた。文字どおり、そいつに飛びついたのだ。

「行く行く!!マジ行く!天の助け!うわーめっちゃテンションあがってきたわー!」

 おおげさなほどのオレの威勢のよさに、鈴木はぷっと噴き出した。いつものおふざけだと思ってるらしい。それでいい。なんでもいいから、今は大勢の人といたい。

「天の助けって。そんなにオレらと遊んでほしいの、おまえ」
「そりゃー自由時間だかんな!みんなとわいわい楽しくやるのが修学旅行の醍醐味だろ!もーオレみんなと枕投げとかしたくてたまんねーの!」

 背後から感じる怒りのオーラを無視して鈴木の肩を抱く。エース様を怒らせるのはいろいろと得策じゃないってわかってるけど、無理。今日だけは無理。

「高尾……!」

 地をでろでろと這うような低い声に、腕の中にある鈴木の肩がびくりと跳ねた。関係ねーやつ怖がらせてどうすんだよって言いてえけど怒らせてんのはオレだった。

「そーゆーことでオレ鈴木の部屋行くから!」
「オレの話を……!!」
「あーうん今度なー!」

 ぐいぐいと鈴木を引っ張りながら緑間から離れる。しかし怒れる我らがエースは怒りのオーラを濃くしながらついてくる。ついてくんなよ。

「た、高尾、緑間怒ってんぞ?」
「あーまぁそーゆー気分なんじゃね?」
「ふざけるな!オレはおまえに話があるのだよ!」

 緑間の怒声にひらりと手を振って、オレは鈴木たちが宿泊する部屋に逃げ込んだ。

 今オレらは修学旅行のまっただなかだ。
 伝統を重んじる秀徳高校は京都で歴史探訪というオーソドックスな内容の修学旅行をおこなうのが通例らしい。ハワイとか沖縄とかのがいいって声も聞くけど、それはオレにとってはどうでもいい。
 問題は、オレの大事なエース様が修学旅行だって浮わついちゃってることにある。
 誰なんだよ、修学旅行のお決まり大定番、いちばんのメインイベントは好きなやつに告ることだって緑間に吹き込んだの。ものすごく苦情を申し立てたい。おかげでクソまじめな真ちゃんはすっかりその気になって、オレとふたりきりになる機会を今か今かとうかがっている。トイレにまでついてきかねない剣幕だ。
 そう、緑間はオレのことが好き、なんである。
 でもあいつはそれを表に出してどうこうなりたい、なんてオレに言ってこなかった。それでよかったのに。なんだよ修学旅行で告って文化祭を過ごし、クリスマスからバレンタインで仲を深めるのが高校2年生カップルの完璧なプランって。オレらクリスマスとかそれどこじゃねーだろ。試合だろ。
 とにかく、オレは緑間に告白されるわけにはいかない。
 なんとしても告白するムードに持ち込ませず、修学旅行を終えなければならねーのだ。

 
 にもかかわらず。
 緑間は鈴木たちの部屋にまでついてきて、どっかりと座り込んでいる。やめろよその、腹くだしてるうえに頭痛いみたいな表情。みんなビビってんだろ。

「み、緑間も枕投げする……?」

 鈴木が恐る恐る問いかけると、緑間はむっつりしたままうなずいた。思わず噴き出しそうになるのをこらえて、ちょっと迷惑そうな表情をつくる。不機嫌な顔で枕を投げる緑間とか、マジ超おもしれえし見たいけど、そんなこと言ってオレと緑間のあいだの空気をやわらかくしてはいけない。空気を読まない緑間にはたいして効果はないかもしんねーけど、告白を防ぐにはちょっと好意的な感じとか出しちゃ絶対ダメだ。

「おい高尾、緑間おまえに話があんだろ。聞いてやれよ」
「やだ、オレは今みんなと遊びてえの!」
「部活の話とかなんだろ?」
「あー……まぁ、な。でもバスケ部のミーティングはもう終わってるし、自由時間くらいオレの自由にさせろよ」

 最後の部分だけわざと大きな声で言うと、緑間の眉がぴくんと跳ねた。おーおー怒れ。そんでできれば出てってくれ。
 オレらの空気があまりにも不穏なことに気づいたのか、みんなは空回り気味なハイテンションで枕投げの場を整え出した。
 ごめん、おまえらのそーゆーとこマジ好き。心の中で手を合わせながらオレもテーブルを脇に寄せる。

「さーいっくぞー!」

 酒井が声をはりあげて、枕を投げ始める。てんでばらばらに舞う枕をよけながら、オレも適当な方向にむかって枕を投げた。
 枕投げのルールは特にない。自分以外の全員を倒したやつが勝ち。シンプルかつサバイバル感あふれるルールだ。

「いてッ!てめ、やったな!」
「うひゃひゃ、田中よけんの下手すぎ」

 投げてるうちにだんだん楽しくなってきた。枕投げしたいとか緑間から逃げる口実でしかなかったけど、こうしてみると案外楽しい。あ、ついでに緑間にぶつけちまおっかな。……ダメだ。今はあいつを徹底的に無視するのがいちばんだ。
 緑間にぶつけたい衝動を抑えながら枕投げしていると、鈴木が投げた枕が緑間の顔面に命中した。爆笑したいのを必死でこらえて、そしらぬ顔をする。緑間がいちいちおもしろすぎるから、無関心を装うのはめちゃくちゃ大変だ。くそ、なんでオレがこんな大変な思いをしなきゃなんねーんだ。緑間のバカ。

「何をするのだよ!」
「何って、枕投げだろ。緑間ってあんがいどんくせーのな」
……なんだと?」

 鈴木のひとことで緑間に火が点いた。さっきまで興味なさそうに枕をよけてるだけだったのに、積極的に枕を掴みにいっては投げるようになっていく。それでも背が高いせいか枕投げに慣れてないせいか、ちょいちょいぶつけられてその度にわなわな震えるもんだから、みんながおもしろがって緑間を狙い始める。

「貴様、そこを動くな!撃ち抜いてやるのだよ……!」
「撃ち抜くって! 緑間おおげさ!」
「おいそれバスケのシュートの動きだろ!枕そんな投げ方するやつはじめて見たわ~」

 真剣に枕投げに興じる緑間に、だんだんとみんなが盛り上がっていく。場の中心が緑間になっていく。
 こいつはそういうヤツなのだ。とっつきにくいし変人だし思考の進み方がおかしいし口調がキツいから最初はビビられるけど、真剣な態度とかそういうのを見てるうちに、みんななんとなく惹かれていく。そんでなんだかんだ、憎めないよなぁってなるのだ。
 ほら見ろよ、たかが枕投げなのに、汗なんかかきはじめてる。ホント、変なヤツ。
 だけど、オレはそんなとっつきにくくて変人でどっかの誰かの適当な情報をバカ正直に信じて告白しようとしてたくせに枕投げに夢中になっちゃう、そんな緑間のことが――
 
「高尾!」

 呼ばれてハッと我にかえる。次の瞬間、どすんと頭に衝撃が加わって、オレは布団の上に倒れこんだ。
 痛い。つうか、今オレに枕投げたの緑間だよな。ほんとになんでスリー撃つのと同じモーションで枕投げるんだよ、意味わかんねえ。
 ぼんやりしてたぶん、枕を投げつけられた衝撃から立ち直るのに時間がかかった。その隙を見逃す緑間真太郎ではなく、オレの体は荷物かなんかみたいに持ち上げられてしまう。

「何すんだよ、降ろせよ」
「ようやく捕まえたのだよ。話があると言っているだろう」
「オレには話なんてねえ!はーなーせー!!」

 じたばた暴れても効果はまったくない。くそ、体幹鍛えすぎだろこいつ。

「高尾、じゃ~な~」
「じゃ~な~じゃねえよ、助けろよ!」
「いやー、オレらじゃ無理」
「がんばれ」

 クラスメイトに見捨てられて傷心のオレは、緑間に抱えられたまま部屋を出る。
 ほんとぬかった。油断して枕ぶつけられて捕まるとかマヌケすぎる。しかもそれが緑間に見惚れてたからとか、絶対、死んでも言いたくない。墓まで持ってきたい。
 そう、オレはこの気持ちを墓まで持っていきたいのだ。いくらこいつが好きだろうがキスしたいとか離れたくないとか思ってようが、そんなんバスケには必要ない。オレがなりたいのは相棒であって、恋人じゃない。そのはずだ。そのはずなんだからこのままでいさせろっての。
 
……いい加減、観念しろ。往生際が悪いのだよ」

 オレの気持ちを見透かしたように緑間が言う。
 
「うるせー」 
「おまえもオレのことが好きだろう?」

 緑間の、こういうとこが嫌いだ。なんでいきなり核心を突いてくんだよ。心の準備とかいろいろあんだろ。もう告白されんのはしょうがねえから、せめてちょっと落ち着かせてほしい。なんたってオレはどんな表情をしたらいいのかさえわかっていないのだ。だってそうだろ、こんな真っ赤な顔してたらどんな表情を浮かべたってもう返事しているようなもんだ。
 
「恋もバスケも究めるのが、完璧な高校2年生の姿なのだよ」

 オレを担いだまま楽しげにトドメをさしてくるエース様に、オレは両腕をあげて万歳のポーズ――降伏のポーズともいう――をとったのだった。

 


2017.10.11