ここはぼくたちのおヤシキ。
サマヨウたましいがヒトトキのやすらぎをもとめてたどり着く、サイハテの場所。
ようこそ、ドウホウよ。われらはアナタをカンゲイする。
……って言うようにって言われてるけど、合ってるかな? アカシ様の言ってること、ムズカシくてよくわかんないんだ。
でもここがぼくたちのおうちなのはわかってる。まっくらな闇のなかをずーっとずーっと歩いて、途中でクジけそうになっても歩いてると、このおヤシキが見えてくる。中に入るとテツくんとタイガが出迎えてくれて、アカシ様とお話して、そうやってぼくたちはここの一員―〝オバケ〟になるんだ。
おヤシキにいる人はみんなとってもやさしい。ダイキとイマヨシさんはおヤシキ探検をさせてくれるし(ときどきイジワルされるけど)アツシくんとタツヤお兄ちゃんはおいしいケーキや紅茶を食べさせてくれる。リョータとカサマツセンパイはいつも外にいてなかなか一緒に遊んでくれないけど(とっても大切なおシゴトをしてるんだって!)、会うときらきらキレイな青い鬼火をくれる。ハナミヤは話しかけてもムシするからキライだけど、それでも、ここはとってもとっても居心地がいい。
ぼくたちはここでは何をしていてもいい。アカシ様が言うには、ここはぼくたちみたいにオサナイながらヒゴウのシをとげたたましいのための場所なんだそうだ。全然よくわかんないけど、何をしてもいいっていうのはとっても楽しい。ガッコウもジュクもなくて、キライなことはしなくていいんだもん。ガッコウとかジュクってなんなのか、ぼくはよく覚えてないけど。
みんな、毎日思い思いにすごす。一日ぼんやりふよふよしている子もいるし、アツシくんにくっついてお菓子を食べてばっかりの子もいる。アカシ様のヒショをやってるチヒロさんのお手伝いが好きって子もいる。ただひとつ、アカシ様のキョカなしには外に出てはいけないって決まりがあるけど、全然気にならない。廊下で駆けっこ(ぼくたち走れないけど)をしても誰も怒らないしね。
でもぼくがいちばんすきなのは、音楽を聴くことだ。
だから今日も、おいしいご飯を食べたらすぐに、音楽室に向かう。廊下にいても聞こえてくる音色は、全身をぴょこぴょこさせたくなるくらい陽気に弾んでいるから、ぼくはとってもうれしくなる。
音楽室にはミドリマくんとタカオくんがいる。ふたりはいつもここで一緒に音楽を奏でてる、とっても仲良しのアイボウなんだ。ミドリマくんがピアノを弾いて、タカオくんが歌う。ぼくはふたりの音楽がとってもだいすき。ずーっと聞いていたくなる。
あれ? いつもと様子がちがうことに気づいて、ぼくは進むのをやめる。音楽室のドアの前にみんなが集まっていて、こそこそなにか話してる。
「どうしたの?」
「しーっ」
バイオリンを手にしたオバケに、口をふさがれる。この子はミドリマくんがすきで、一緒に演奏したいって理由でバイオリンを猛練習したがんばりやさんだ。
「しーっ」
「なんで? 中に入らないの?」
「今はだめなんだ」
ぼくたち〝音楽室のオバケ〟のリーダー的存在が言う。彼はちっちゃいけど音楽のチシキがとっても豊富で、いつもはシキシャをしている。でもなんでだろう。いつもリーダーはふたりが演奏してたら、まっさきにシキをしに飛び込んでくのに。
「そっとね、しずかにね」
「しゃべっちゃだめ」
口々に言われて、手でばふっと口を押さえてそっとへやの中をのぞきこむ。いつものようにふたりが演奏している。ぼくの知らない曲を、ふたりはとっても楽しそうに奏でていた。
「……へっ、まだ校歌なんか弾けんのかよ」
「おまえだって未だに完璧に歌詞をおぼえているだろう」
タカオくんの歌が止んで、ぽろんとピアノの鍵盤がかろやかな音を立てる。それを聞いてタカオくんが弾けるように笑った。それがあんまりまぶしくて、心臓がきゅうっとなる。
「あれは、ふたりのトクベツな曲なんだ」
そっとリーダーが教えてくれる。だからあの曲を弾いているときはぜったいにジャマをしちゃいけないよ。
ミドリマくんが目を細めてタカオくんを見る。ふんわりとっても優しい顔だ。ミドリマくんのあんな表情、はじめて見る。いつもしかめっつらだけど、ぼくたちにはとってもやさしいミドリマくん。でもあのまなざしは、ぼくたちに向けるやさしさとはちょっとちがう。きっと、タカオくんにだけの、トクベツなんだ。
「おまえはいつも変わらんな」
「なんだよ、いきなり。もっとトシ相応にしろって?」
「いや。……そのままでいい」
ミドリマくんがピアノのいすから立ちあがる。タカオくんに近づいて、黒い髪をそっと指にからめる。
「真ちゃん」
呼ぶ声は、とろけてしまいそうに甘い。まるでアツシくんのケーキみたいだ。そういえば、ぼくはミドリマくんのことシンちゃんって呼んだとき、タカオくんに「だーめ」って怒られたっけ。きっとあれも、ふたりのトクベツの一部なんだ。
タカオくんが腕を伸ばして、ミドリマくんの頭をひきよせる。ふたりの輪郭が重なる瞬間、タカオくんはこっちを見てウインクした。
〝のぞいちゃだめ〟の合図に、ぼくたちはぱっとドアから離れる。胸がどきどきして、顔がぽかぽかしてくる。
ヒミツってどきどきするんだ。大発見だ。
「高尾?」
呼ばれて視線を目の前の緑間にもどす。いぶかしげに眉をひそめた男は、どうやらドアの向こうのかわいい覗き魔には気づいていないらしい。目の前のオレに夢中になってるからだと思うと、気分がいい。オレの恋人はとってもかわいい。
「何をぼんやりしているのだよ」
集中しろ、と尖った唇にちゅっとキスをしてなだめてやる。いつまでたってもこいつは変わらない。いちゃいちゃするのに集中しろ、だなんて。オレたちがこういうことするようになって何年、いや何百年になると思ってんだろ。
「拗ねんなよ、ドアの外が気になってたんだよ。ほら、あいつらが見てたら教育に悪いじゃん?」
「ふん、何が悪いものか。むしろあいつらも恋人を見つけるべきなのだよ。愛も恋も知らぬままここに来て、これからもそうだなんて哀れではないか」
「……へえ」
きっぱりと言い切る緑間の耳や頬を撫でながら、オレはびっくりしたように目を見開いてみせる。かつて、恋愛にはとてつもなく疎くてサルだなんて呼ばれてた男のセリフかと思うとなんだか感動してしまう。
「バカにするな」
「してねーよ。つか、オレらだって愛も恋も知らないままここに来たと思うんですけど?」
「バカめ、オレは知っていた」
思わず固まったオレを見て、緑間は楽しそうに唇の端を上げた。待てよ、そんなん聞いてねーぞ。オレたちがこんな関係になったのってここに来てからだろ。その前に誰かとつきあってたなんて、オレは知らない。
「ふ、やきもちか? 何年たってもかわいらしいのだよ」
うるせーうるせー。オレがちょっとふくれただけでよろこぶおまえのほうがよっぽどかわいいっつーの、バーカ。
「ならば教えてやる」
「いい! そんな昔の話聞きたくねえ」
「あのころのオレはな」
いいって言ってるのに、緑間はオレをぐいっと引き寄せて抱きしめ、耳元で話のつづきを始めてしまう。普段よりもやわらかく甘く響くその声にオレが弱いって知っててやってるから、本当に性質が悪い。
「片思いを、していたのだよ」
「へえ? さっさと告白してフラれればよかったのに」
「フラれて気まずくなるのは嫌だったのだよ。相手は相棒だったからな」
へ。目を丸くしたオレを見て、緑間は笑う。あのころよりずっとおだやかに、ずっと優しく。
「だから、こうやってキスができるようになったのが、何百年たってもうれしいのだよ」
「……ばーか」
数百年越しの告白に、オレはさっきまでの不機嫌をたちまち忘れてキスをするのだった。
2017.10.8
スパーク無配
Jワのおばけちゃんのパロでした。