うさたろうとうさなり

※イースターパロ。なんでも許せる人向け。

 

 

 

 

 ころころ、ころころ、こつん。
 青空の下、終わりが見えないくらいいっぱいに埋め尽くされた緑の中、きもちよく居眠りをしていたうさたろうのほっぺたに硬いものがぶつかりました。
 せっかくねむっていたのに。そよそよと風に吹かれてもっともっとねむっていたかったけれど、しかたなく目をあけます。ちらり、と目線を横に向けると、黒いめがねの縁の向こうに、空色をしたたまごがありました。
「……ちっ」
 思わず漏れたのは舌打ちです。かわいらしい風貌には似合わないからやめろ、と昔ご主人さまに怒られたことがありましたが、くせなのでなかなかなおりません。
 脇に置いてあった大切な帽子をきちんとかぶり、同じくらい大切なぬいぐるみを抱きあげると、うさたろうは草原の向こうに届くようにおおきな声でさけびました。
「うさなり!!」
 びゅう、と風が吹きます。しばらくそのまま待っていると、のんきな声がひびきました。
「なーにー?」
「何ではないのだよ!」
 ひょこりと草のすきまから顔をのぞかせた、つりめの少年――なまえはうさなりといいます――にうさたろうは怒ります。空色のたまごを慎重にもちあげて、うさなりが抱えるおおきなかごにそっと入れてから、お説教のつづきをしようと顔をあげます。
「わっ落としちゃってた? あんがとな!」
 にかっと笑う顔にはひとかけらの悪気もありません。おおきく息を吸い込んだうさたろうでしたが、口をぱくぱくと何回か動かしてから、あきらめたように吸ったぶんの息を吐き出しました。
「……持ち運びには、気をつけるのだよ」
「あったりまえじゃん!」
 ほんとうにわかっているのでしょうか。かごに入っているいくつかのたまごが、どれくらい大切なものか。
 あんなふうに転がしてしまうのだから、わかっていないにちがいありませんが、言っても無駄なのはわかっていました。うさなりは明るく陽気で楽しいことが大好きなうさぎの妖精なのですから、むずかしいことやまじめなことが苦手なのです。そういったことはうさたろうの役割なのです。うさたろうもうさぎの妖精ですが、生まれもった性質はうさなりとは全然べつのものでした。
 すべすべのひたいにシワを作ってしまったうさたろうに気づいたのか、うさなりはぴょんとおおきくとびはねて笑いました。
「そんなカオすんなって、しんちゃん!」
「……うさなり」
 うさたろうの顔が、さっきよりも格段にけわしくなります。黒いめがねの奥にある緑色の瞳がぎらりと光を反射して、うさなりはうさたろうがほんとうに怒ってしまったことを知りました。
「それはオレのなまえではないと、何回言えばわかる」
「あ、あの」
 ごめんなさい! いきおいよく頭をさげると、かごが揺れて中のたまごが動きます。あわててかごをもちなおし、たまごが割れていないことを確かめて笑ううさなりに、うさたろうはほんのすこしだけ表情をやわらげます。
 結局のところ、うさたろうはうさなりにはとても甘いのです。笑顔を見て、いろんなことをチャラにしてしまうくらいには。

 ふたりには、ご主人さまがいました。
 真太郎と和成。背が高く、からだを動かすことが大好きで、いつも走りまわってばかりいる活発な少年たちです。
 いつも楽しそうに笑っている黒髪の少年、和成がうさたろうのご主人さまで、緑の髪と瞳をもつ、とても努力家の少年真太郎がうさなりのご主人さまでした。
 ふたりはたいそうご主人さまにかわいがられていました。和成はうさたろうが真太郎に似ていると言って笑い、真太郎はうさなりが和成そっくりだと言って譲りませんでした。さっきうさなりが言った「しんちゃん」というのは、和成が真太郎を呼ぶときの特別ななまえなのです。
 ご主人さまはふたりにおいしいご飯や、あたたかい寝床を用意してくれました。それだけではなく、ぴったりの服やぼうしやくつを用意してくれ、特に和成はめがねをかけたオレンジ色のうさぎのぬいぐるみをうさたろうにくれました。
 ふたりはご主人さまたちが大好きでした。互いが互いのご主人さまに似ているから、かわいがってもらえていることを知っていても、それでも大好きでした。
 ふたりはご主人さまたちが恋人どうしであることを知っていました。人間にはせいべつというものがあって、おなじせいべつだと恋をしてはいけないということも。
 だけどふたりはご主人さまたちが大好きでしたから、人間の常識なんかはどうでもいいことでした。ただ、ただ、ご主人さまが毎日しあわせいっぱいに笑ってくれればそれでよかったのです。
 
 うさたろうはかごの中身をじっと見つめました。空色、ピンク色、若草色、しましま模様。たまごはよっつ。まだまだ、足りません。
「……いくぞ、うさなり。たまごを早く集めなければ」
「おーよ! どっから探そっか、うさたろ」
「そうだな。あの山にはまだ行っていないのだよ」
 ご主人さまの――真太郎のほうのご主人さまです――口ぐせは、すっかりうさたろうにもうつってしまっています。それを聞いて一瞬、なつかしそうにくしゃりと顔をゆがめたうさなりでしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて歩き出したうさたろうのあとを追いかけました。
 たまごには、ふしぎなちからがあります。さまざまな、魔法が詰まっています。たくさんの魔法を集めれば、そしてそれを持って帰れば、ふたりはまたご主人さまに会うことができるのです。
 次に会うときは、きっとご主人さまたちはふたりをほめてくれるはずです。うれしそうに、笑ってくれるはずです。
 大好きな笑顔を胸にしまって、うさたろうとうさなりはたまごを集める旅をつづけるのでした。

 

 


2016.1.19