愛してる!

 高尾の「愛してる」は安すぎる。
 走り去る学ランの背中を見つめながら緑間は眉間にシワを寄せる。忘れてきたと言うから体操服を貸してやっただけなのに「愛してる」はいかがなものか。
 それだけではない。教科書を見せてやっても、弁当の中身をひとくちやっても、傘を貸しても「ありがと真ちゃん、愛してる!」だ。
 緑間の感覚では、その五文字の言葉は軽々しく使っていいものではない。しかるべき状況でしかるべき重さを伴って告げるべきものだ。なのに高尾にかかると、ありがとうと同義になってしまうのはどういうことなのか。
 
「ほら。まったく、タオルは余分に持ってこいといつも言っているだろう」
「ごめんごめん、今日急いでて忘れちった! あんがとな真ちゃん、愛してる!」
 
 まただ。チッと舌打ちをするも高尾には通じなかったらしい。緑間のタオル片手に足取り軽く体育館を出ていってしまう。
 悪い意味のことばではないのだから、いちいち気に留めるのもバカらしい話だ。だけど軽く流してしまえない理由が緑間にはあった。誰だって、片思いの相手から愛してると言われて平常心でいられるはずがない。
 
「始末が悪いのだよ……」
「ぁあ!?」
 
 ぽつりとこぼしたひとことは運の悪いことに怖い先輩に拾われてしまう。
 
「すみません、ひとりごとです」
「いちゃついてんじゃねーよ轢くぞ」
「いちゃついていません」
「愛してるとか言われてにやついてんじゃねーよふざけんな」
「にやついて……」
 
 そんなつもりはまったくなかったのだが。ショックを受ける緑間に、宮地は心底嫌そうな顔をする。
 
「ったくよー。高尾といいおまえといい、いい加減にしろってんだ」
「高尾は誰にでもああでしょう」
「ああ!?」宮地の額に青筋が立つ。「バカ言え。あいつは愛してるとか、おまえにしか言わねーだろ」
「は」

 

 

 


2021.2.15